徳島新聞 女性クラブ

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お知らせ

2015年2月5日木曜日

徳島新聞女性クラブトークイベント 西川ヘレンさん


 徳島市のアスティとくしまで開かれた女性向け会員制クラブ「徳島新聞女性クラブ」の第4回トークイベント。タレントの西川ヘレンさんが「大家族 支え愛 見守り愛 励まし愛」と題して講演、夫きよしさんの両親と実母を同時に介護した体験で知った家族の絆の大切さを強調した。要旨は次の通り。(髙﨑扶美子)

親の介護経て家族一つに

わが家は現在、私たち夫婦と94歳で要介護4の夫の母ら4世代10人が、支え合って暮らしている。私がいないときの義母の世話は長男の嫁、母にとっては孫嫁がしてくれ、ひ孫も声を掛ける、世代を超えた生活だ。実母が10年以上前に、その2年後に義父が亡くなるまでは、夫の両親と私の母も一緒に暮らした。
 うつ状態だった夫の父は、外出せずにベッドの上でうつろに過ごすことが多かった。ある日「おじいちゃんとデートがしたい」と花見に誘うと「息子の嫁に誘われて断るわけにはいかん」と一張羅の背広で出掛けてくれた。父は満開の桜に大喜びで車を降りて歩き、立ち寄った喫茶店ではミックスジュースを夢中で飲み干した。家では食が進まないのに、外出するとこれほどパワーがみなぎるものかと驚かされた。
 実母が大腿(だいたい)骨を骨折して寝たきりになると、母は「おむつは自分で替える」と言い張った。私が「小さいころ、お母さんにおむつを替えてもらったおかげで今の私がある。お返しに替えさせて」と言うと受け入れてくれた。ものは言いようで「自分で替えられんのやから、しょうがないでしょ」だと傷つくが、お返しと言うとお互いに感謝の気持ちが出てくる。
 寝たきりの母の介護と父の世話で右往左往していると、何も言わなくても子どもたちが分担して手伝ってくれた。周りに助けられていることがうれしかった。
 しかし、私自身も更年期障害になり、体が悲鳴を上げてしまった。ある朝目が覚めると動悸(どうき)がして声が出ず、救急搬送されると血圧は200を超えていた。パジャマのまま車に乗ってホテルに行き、眠り込んだこともある。外から家族連れの声が聞こえ「私は何をしているのか」と恥ずかしくなって家に帰った。逃げ出したい気持ちが行動に表れたのだろう。
 寝たきりの母が脳梗塞になった。一両日の命と言われたが、1カ月、2カ月と、何度も危篤になりながらも持ち直して年末になった。迎春準備を控えようかと思ったが、夫に「お母さんは生きたいと頑張ってる。こんなときこそお母さんに習ったおせちを作ろう」と励まされ、元日は母の病室で家族そろって手作りのおせちを囲んだ。
 母が息を引き取ったとき、長男が頭や頬をなで「おばあちゃん、もう痛くないか? 西川家のみんなの心の中で一緒に生きていくんやで」と掛けた言葉が心に残っている。
 介護を通して、生きている間はどう過ごせばいいかや、生き生きと暮らすことは素晴らしいことだと教えてもらった。年を重ねると誰かのお世話になる。だからこそ、支え合い、自分が元気である今は誰かのためになることをしたい。ますます元気に、人のために何ができるかを考えて生きていこうと思っている。

感謝の気持ちで支え合い

 最後に夫婦のエピソードを一つ。私たち夫婦はしょっちゅう「私のこと好き?」「大好きやで」というやりとりをし、手をつないで出掛ける。同様に夫の母が父に「好き?」と尋ねると、父は「好きでも嫌いでもない」と答えたが、夫婦仲良くしてほしいという家族の気持ちをくんで、母への態度が優しくなった。
 「おい!」から「おばあちゃん」に呼び方が変わり、両親も手をつないで出掛けるようになった。「相手のいる人はよろしいな」と言う私の母には、長男と次男が「こっちが若いで。両手に花やで」と手を取って歩いたことを思い出す。
 どうぞ、皆さんもご主人に好きか嫌いかを尋ねてみて。思いがけない感謝の言葉が聞けるかもしれない。