徳島新聞 女性クラブ

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お知らせ

2016年11月25日金曜日

徳島新聞女性クラブ講演会 片岡 鶴太郎さん

徳島市のアスティとくしまで開かれた女性向け会員サービス「徳島新聞女性クラブ」の講演会。タレントで画家の片岡鶴太郎さんが「流れのままに」と題してたくましく生きる女性の素晴らしさについて語った。ユーモアを交えながら、女性に人気が高いヨガの奥深さや、江戸時代から受け継がれる暮らしの知識も披露した。要旨は次の通り。(山口和也)
 
女性の素晴らしさについて語る片岡さん
=アスティとくしま

神秘的ですごい存在
男性はかなわない


 4年前から本格的にヨガを始め、毎朝の日課にしている。きょうも午前1時半に起きてヨガを3時間やってきた。
 もともとはヨガというより、瞑想(めいそう)をやりたかった。なぜ瞑想かといえば、文献を読んでいると偉人がやっていたから。例えば仏陀(ぶっだ)は2500年前に瞑想で悟りを開き、仏教を広めていった。弘法大師空海やビートルズ、松下幸之助といった尊敬する人もやっていた。
 ビートルズは40年前にヨガの本場のインドを訪れ、ポップだった音楽が精神性のあるものに変わった。世界的なヒット曲「レット・イット・ビー」は瞑想の歌で、歌詞の一部を直訳すると「賢者の言葉をつぶやいて あるがままに」という意味になる。瞑想の奥深さに引き込まれた。
 瞑想は、非暴力の精神や体操、呼吸法などからなるヨガの一部。指導者に付いてもらい、瞑想だけでなくヨガを教わることになった。ヨガをすると痩せると言われ、女性に人気が高い。しかし、本来の意味は「結ぶ」という意味で、自分を魂と結ぶ、宇宙と結ぶことを表す。
 仏陀が悟りを開いたときの「蓮華(れんげ)座」というポーズは20〜30分間、姿勢を保ったまま瞑想する。だが、普通の人だと、脚を組むのが痛くて1分も我慢できない。ヨガの体操は、もともと瞑想のポーズをするために体幹を鍛えるためのものだった。ヨガを続けると体の細胞が活性化し、脳の働きが活発になる。若返りにも効果がある。
 現在の日本文化の多くは、江戸時代につくられた。例えば、川が多い江戸では、物資を運ぶ船の往来が盛んだった。船に設けた浴槽にお湯を入れた移動式銭湯が登場し、爆発的にヒットした。これが「湯船」の語源になった。「よろしく」という言葉や蚊取り線香などもこの時代に生まれた。
 女性の強さに男性は、かなわない。奥さんに先立たれた男性は、家のことが分からないと途方に暮れるが、女性は夫に先立たれても平気で、むしろ元気になる人がいるぐらい。
 雄と雌の違いについてウサギを使った実験では、大切な脚をギプスで固定された雄のウサギは、餌も食べず、睡眠も取らずに倒れるまでギプスを外そうとする。一方、雌もギプスを外そうとするが、無理だと分かると諦めて餌を食べ始める。雄は力尽きてしまったのに、雌は生き残ることができる。女性はおなかの中で子どもを育てるという大きな役割を持っているため、動物として男性よりも強いのではないか。
 私はO型だが、B型の母親から生まれた。よく考えてみると違う血液型の血液が同じ体内にあるというのはすごいメカニズム。女性は、へその緒を通じて胎児に血液を送るときに、違う血液型に切り替えるというすごいことを無意識にやっている。女性はとても神秘的で、すごい存在なのだ。

2016年7月12日火曜日

徳島新聞女性クラブ講演会 作家落合恵子さん

戦争の傷跡が残る時代に、女手一つで子育てした母の姿−。徳島市のアスティとくしまで開かれた「徳島新聞女性クラブ」講演会で、「老いることはいやですか?」と題して話した作家・落合恵子さん(71)。自身の母親の人生をなぞり、年を重ねて生きることの尊さを訴えた。要旨は次の通り。(木下真寿美)
 
母との日々を語る落合さん=アスティとくしま

年を重ねる尊さ訴え
懸命に戦後生きた母
認知症で7年介護も感謝


 1945年、終戦の年の1月に生まれた。私は常に年齢を明らかにしている。多くの犠牲を出してようやく迎えた終戦の年に生まれたという偶然を大切にしたいし、また、自分の年齢にウエルカムと言いたいから。この国の文化は女性が年を重ねることを必ずしも歓迎していない。もし私たち女性自身が同じ考えなら、それをまず変えたい。
 米国の女性作家メイ・サートンは「私から年齢を奪わないでください。働いてようやく手にしたものですから」と言った。年を重ねることを恐れないですむ、政治、社会のありようをつくっていかねばならない。
 「何でそんな髪型してるんですか」と聞かれたことがある。母を介護した7年間、美容院に行く時間がなかったから。母70代、私50代の頃、介護が必要になった。「家で過ごしたい」と言っていたのを思い出し、介護しようと思った。
 彼女は戦争末期に、22歳で私を産んだ。栃木県の小さな町で、親類縁者がほとんど教師という環境で、結婚をせずに。「昨日街角で会った友人が、今日は焼(しょう)夷(い)弾で消えていく。そんなとき、おなかにあなたがいることに気が付いた。絶対産む、と決めた」。15歳の私にそう話した。
 東京に出て、あらゆる仕事を転々とし、母は私を育てた。都心の事務所で働いている頃は、夜にビルの清掃もしていた。それを知った私は「お掃除の仕事やめて」と言った。母は私をある小さなビルに連れて行き、掃除をして見せ「この仕事のどこが恥ずかしいの。自分の言葉で答えて」と言った。恥ずかしいのは私自身。父親がいないことで差別を受けた自分が、職業に貴賤(きせん)を付け、差別をどこかで肯定していたのを体感した。
 一生懸命働いて生きた母。当時の女性はみんなそう。その母が年月を経て、認知症を患った。7年間の介護の日々では、ずっと、母のベッドの横で寝た。母のベッドの横でノート型のパソコンを開き、連載の仕事をした。何度もトイレに行きたがる母に「私、仕事しないといけないの」ときつい言葉で言ったこともある。介護は並大抵のことではない。それでも、家でそばにいられたことは、かけがえのない宝。
 彼女が亡くなったのは、ある夏の日の朝。最期のときは、2人だけにしてもらった。ベランダで、咲いている朝顔の数を数え、「来週はもっと咲いているよ」と言った。でも「来週は母にはないのだ」とも思った。
 母を抱き、実に素朴で月並みな言葉を言った。「お母さん、ありがとう。大好きだよ」と。そして「もう一度、私を産むかい」と尋ねた。目を開けようとしても、閉じてしまう母。そのやりとりの中、最期の瞬間を迎えた。
 母がたどった人生は、一人の人間が必死に生きるとき、年を重ねるとき、経験することだと思う。
 私が幼い頃は身近にいた、戦争を知る世代が少なくなっている。終戦の結果、女性たちが手にしたのが選挙権。一票、行使しましょう。大好きな人の命が戦争で失われるような時代になったら、と考えて。介護している人がいるなら、その人がどれほどの思いで生きてきたかを思って。

2016年6月9日木曜日

徳島新聞女性クラブトークイベント 茂木健一郎さん

 徳島市のアスティとくしまで開かれた女性向け会員制クラブ「徳島新聞女性クラブ」のトークイベントは、脳科学者の茂木健一郎さんが「脳を活かして生きる」と題して講演。最新の脳科学の知識を織り交ぜながら、「幸せに生きるためには、自分の長所と短所をありのまま受け入れることが大切だ」と語った。要旨は次の通り。(山口和也)
 
「ありのままの自分を受け入れることが幸せにつながる」
と語る茂木さん=アスティとくしま

人生ありのままが幸せ
欠点も認め
自分らしく


 きょうは元気になるための話をしたい。人間の脳はマイナスをプラスに変えるすごい力を持っている。つらいときや苦しいときほどユーモアが大切で、ユーモアは苦しみやつらい経験をエネルギーに変えることができる。
 脳は、苦しい経験をしたときに、麻薬に似た特別な効果がある脳内物質を出す。だが、ドラッグのように楽してもらおうと思っても駄目だ。脳内物質は、苦しいことにあえてチャレンジする人へのご褒美として用意されている。
 周りを明るくさせる、すてきな人は、ものすごい苦労を経験しているケースが多い。青森県で農薬や肥料を一切使わない「奇跡のリンゴ」の栽培に成功した木村秋則さんは、ポジティブを絵に描いたような人。無農薬栽培が何年たってもうまくいかず、経済的にも困窮した。追い詰められたが、土作りの大切さに気付いて成功した。人生で一番大事なのは、前向きに生きることだ。
 最近の研究で、性格の長所と短所は表裏一体ということが分かってきた。自分は落ち着きがなく、じっとしていられない性格。だが、切り替えが早く、大学で授業をしたり、本を書いたり、いろんなことができる。反対に切り替えの苦手な人は、コツコツと物事を続けられる人が多い。
 変人は自分では変人と思っていないように、自分の個性は自分では分からない。他人から指摘されて初めて自分の個性に気付く。他人は自分を映す鏡で、鏡を見れば自分の個性を客観的に見詰めることができる。だが、理想と現実にはギャップがあり、人から言われた欠点は認めたくないもの。認めるかどうかは自分次第だ。
 学校の勉強ができる子が、必ずしも良い子ではない。勉強ができることは欠点でもある。例えば企業の経営者には勉強が苦手な人が少なくない。成績が良い人は何でも自分でやろうとするが、勉強が苦手だと自覚している人は、自分ができないことをアウトソーシング(外注)する。誰に何を頼むのか、人の適材適所を見抜き、良い人間関係を築こうと努める。どちらが経営者に向いているだろうか。
 脳の研究をしていて、人の幸福について意外なことが分かってきた。幸せになるための絶対条件があると思ってしまうことをフォーカシング・イリュージョンという。だが、独身でも結婚していても、宝くじに当たっても当たらなくても、実際は幸福感に変わりはない。
 人間の個性は欠点でもあり、長所でもある。与えられた今の自分をありのままに受け入れることが幸せにつながる。

2016年5月13日金曜日

軽妙な語りに笑いの渦 徳島新聞女性クが落語会

 女性向け会員制クラブ「徳島新聞女性クラブ」は17日、落語家の柳亭(りゅうてい)燕路(えんじ)さんと弟子で女流落語家の柳亭こみちさんを招いた落語会を徳島市のあわぎんホールで開いた。
 燕路さんは集まった約300人を前に「初天神」「妾馬(めかうま)」を披露。妾馬では、大名に対してとんちんかんな回答をする町民の様子を軽妙に語り、会場の笑いを誘った。こみちさんは「まんじゅうこわい」「ガマの油」を表情豊かに演じた。
 生の落語を初めて見たという上板町下六條の無職森芳子さん(66)は「落語を身近に感じることができ、たくさん笑わせてもらった」と話していた。
 県酒造組合の日本酒や梅酒約15種類を試飲できるコーナーもあった。(粟田俊哉)
会場の笑いを誘う落語を披露する柳亭燕路さん=あわぎんホール

2016年1月27日水曜日

徳島新聞女性クラブトークイベント 金美齢さん



「自分が持っているものを見定めて、少しでも
伸ばす努力をしよう」などと話す金美齢さん
=徳島市のアスティとくしま
 徳島市のアスティとくしまで開かれた女性向け会員制クラブ「徳島新聞女性クラブ」のトークイベントは、評論家の金美齢さんが「美しく齢(よわい)を重ねる」と題して講演した。美しく生きるために、長所を伸ばす努力や人の役に立とうとする気持ちを持つことの大切さを語った。要旨は次の通り。(大塚康代)

社会への貢献 幸せなこと
長所伸ばす努力を


 私のモットーは「清く、正しく、美しく」。これを掲げて生きることは至難の業だ。美しく生きることについては、一人一人違う感性や価値観があるかもしれない。清く、正しくは何とかなるけど、全ての人に納得してもらえる美しい生き方とは何か。私なりにいつも考えている。
 私はいま81歳。記憶力は衰えても、読解力は衰えていない。成長し続けていると思っているし、そう言い聞かせている。それに、白髪になってから派手な色の服が似合うようになった。年を取ることは悪いことばかりじゃない。
 コインの裏表のように、全てに一長一短がある。でも、良いことを伸ばす努力ができるのが人間の知恵だ。私はスーパーモデルになりたかったけど、脚の長さが30センチ足りない。では、私の特徴は何か。耳が良く、つまりは言葉に対して敏感で、発音も正確にできる。だから言葉で勝負する以外にはない。
 人はそれぞれに違っていて、それぞれに足りないものがある。無い物ねだりをするのでなく、自分が持っているものをしっかりと見定めて、少しでも伸ばす努力をすることが大切だ。
 ノーベル賞を受賞した大村智・北里大特別栄誉教授は「人のためになる、人の役に立つことをしたい」とおっしゃった。人間はある意味では一番素晴らしい存在でありながら、一番弱い存在でもある。生きるということは、あらゆる面で人の世話になっているということ。生まれた時から保護され、人の世話になって成長していくわけだから。
 恩返しできるようになった時、家族だけでなく、社会に対して何らかの貢献ができることは幸せなこと。自分がどう生きていくかと考える中で、「人さまの役に立つように」と思うことは間違いなく美しい生き方だ。
 誰かの世話になることや何かをもらうことばかりを考えるのは、美しくない。日本には「お互いさま」という良い言葉がある。お互いさまであることをわきまえ、自分ができることは何かを考えなくてはいけない。個人ができることはささやかでも、みんなが志を持って動けば非常に大きなものになる。そういう人生であってほしい。